真理関係

愛と慈悲

愛も慈悲も共に神の人類への愛情ではあるが、あえて相違を上げれば、愛とは横の光であり、慈悲とは縦の光である : 高橋信次

愛を説いてきたのはキリスト教であり、慈悲を説いてきたのは仏教です。

愛とは真心と優しさであり、儒教で言えば「仁」です。

「忠」とは読んで字の如く「真心」であり、「恕」とは優しさです。

弟子の子貢が孔子に生涯、実践しなければならない徳目とは何ですかと問うた時、孔子はそれは「恕」であると答えています。

人間は生涯、真心と優しさを実践していかなければならないと孔子は説いたのです。

人斬り包丁を腰にぶら下げて、互いに殺し合っていた春秋戦国時代においてよく「優しさ」の徳を説いたものです。

ここら辺が偉人の偉人たるゆえんでしょう。

愛を「横の光」というのは、自他の平等観から説かれてきました。

キリスト教では、みなその心に同じ神の心を持っているのであるから、その神の心を見て互いに愛し合いなさい、互いに足を洗い合いなさいと説かれてきました。

わたしは、新しいいましめをあなたがたに与える、互に愛し合いなさい。

わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい : ヨハネ13-34

「互いに愛し合いなさい」と言えば、何か変なことを考える人もいるかもしれませんが、そうではなく、互いに真心と優しさを持って生きなさいと言っている。

しかもイエスはこれを戒めとして弟子に与えています。

5才児相手に大人が「愛してるよ !、愛してるよ !」なんて言えば、何か別の意味で怖いわけですが、そういう大人には子供は近づかない方がいい。

何を企んでいるか分かりませんからね、そういう何か変な人は。

そういう「愛しているよ」じゃなしに、真心と優しさは孔子の時代、数千年前から説かれている心であり、永遠の価値を持っています。

1万年後も10万年後も人は真心と優しさに価値を感じるということです。

キリスト教もそうですが、儒教でも生涯実践しなければならないと説かれているのです。

その真心と優しさは、神の心そのものですから、そのまま天国に持って帰ることができます。

幸福の科学ではありませんが、あの世とこの世を貫いているのです。

あの世とは永遠の世界ですから、あの世に持って帰れるということは、真心と優しさとは「永遠の価値」を持っているということです。

そしてこの「永遠」のみが全世界を浄化し、救うことができます。

「永遠の価値」を持っていない、すなわちあの世に持って帰ることのできない価値や思想によって世界を浄化していくことはできません。

世界を腐敗させるだけです。

そもそも私は「愛」とか「ラブ」とか言った類の人間ではなく、ゼウス神の光線下にいる「神の叡智」の霊系統ですから、「愛してるよ」なんて言われましても、「よせよ、ほっぺたが赤くなるじゃねぇか」という感じです。

互いに愛し合えとは、互いに真心と優しさをもって接しなさいということを言っている。

一人一人には同じ神の心が宿っておりますので、この平等観から愛とは「横の光である」と言ったのです。

では慈悲を「縦の光」と言ったのはどういうことでしょう。

慈悲とは上から下に流れる愛情であり、親が子供を優しく育てる愛情、教師が生徒を優しく教える愛情、師が弟子を優しく導く愛情、大人が子供を優しく見守る愛情のことであり、上から下に流れる愛情です。

慈悲の系統が上から目線になりやすいのは、この上から下に流れる慈悲特有の性質から来ています。

だから慈悲を「縦の光」というのです。

愛を説いてきたのはイエスであり、慈悲を説いてきたのは釈尊です。

どちらも重要です。

愛も慈悲も共に神の人類への愛情ではあるが、あえて相違を上げれば、愛とは横の光であり、慈悲とは縦の光である : 高橋信次

愛とは平等観から説かれてきた神の人類への愛情であり、慈悲は差別観から説かれてきた神の人類への愛情です。

この平等と差別は、一般が思っているような平等と差別ではありません。

一般は大抵、平等と差別を物質にすり替えて認識しているからです。

物質にすり替えられた平等でも差別でもなく、神の心そのものを直に捉えた平等と差別です。

実在の根本的方式は、一なると共に多、多なると共に一、平等の中に差別を具し、差別の中に平等を具するのである : 西田幾多郎

神の体(物質)を基準とした平等でも差別でもなく、あくまで実在、すなわち神の心を基準とした平等と差別です。

西田哲学でも、この実在を捉えて平等即差別と言っています。

平等即公平と言っても同じです。

これは実際、多次元世界がそうなっています。

5次元幽界上段階の霊人の中にも神の心はあり、10次元宇宙界の神霊の中にも全く同一の神の心がある。

5次元幽界上段階と10次元宇宙界の絶対矛盾は、神の心によって永遠に統一されている。

5次元幽界から10次元宇宙界の霊人に到るまで全く同一同質同量同規模の神の心をその中心に持っているということです。

その意味で多次元世界の霊人は全て神の心の下において「永遠に平等」です。

ただみな同じ神の心に向かい、努力し、悟っていこうとするわけですが、如何せん同一で均質な努力はなく、みなその努力と悟りは千差万別であり、全て異なっておりますので、それを一つの神の心から公平に評価すれば多次元世界の「多」としてあらわれます。

従って多次元世界とは、正確に言えば「一即多次元世界」が正解です。

人間各個人の努力と悟りは公平に評価されており、その公平な評価によってある者は6次元霊界に帰天し、ある者は9次元如来界に帰天し、ある者は8次元菩薩界に帰天していきます。

各個人の努力と悟り次第です。

それぞれが同じ自己の本質を悟らんとしているのです。

そしてそれは必ず一つの神の心から公平に評価されます。

天界・現界・地獄界の全霊人は、神の心を宿している点「永遠に平等」ですが、霊人各人の努力と悟りもまた公平に評価されて多次元世界の「多」としてあらわれています。

愛は平等観であり、慈悲は差別観ですが、愛即慈悲、平等即差別であり、双方切ることはできず、もし切れば、その愛情は、双方残酷な愛情になります。

平等と差別を切り、愛と慈悲を切って、愛や平等に偏りますと「人間はみな同じ者だ、人間はみな平等なのだ」と思い込んでおりますのでその愛は残酷な愛情になるのです。

大学生の俺には楕円関数や群論が分かる。

にも拘らず小学生のお前よ、どうしてお前は楕円関数が分からないのだ。

人間はみな同じ者であり、平等なのだ、俺が理解できることは全て他人にも理解できるのだ。

何故ならば人間はみな平等であり、同じものだからだ。

その俺が分かるユークリッド幾何学が、小学生よ、何故お前には分からないのだ。

人間はみな同じものなのだ、他人にできることは自分にも全てできるのだ。

それができないということは、小学生よ、お前の努力が足りないからだ、この怠け者め。

そしてその小学生が楕円関数を理解できるまでその大学生は「怠け者め、怠け者め」とマントラを唱えながら、平等の愛を根拠に殴るのです。

小学生に楕円関数など分かるわけないのです。

これは国家間においても展開しており、そういう未熟な国家を成熟している国家が平等に扱い、厳しく接するのはよく見られる光景です。

だから縦の愛情である慈悲が神から流れてきているのです。

慈悲の系統は、今この人間の悟りは小学生レベルなのか、あるいは中学生レベルなのか、悟りの各段階を見抜こうとします。

この悟りの段階を見抜かなければ、大学生と小学生を同じ教室にぶち込み、学力を競わせ、その平等観から未熟な魂を虐げていくような残酷な愛情になるからです。

だから慈悲の系統は、この悟りの段階を見抜く知恵が必ず入るのです。

キリスト教の平等愛は、単純であり、この悟りの段階を見抜く必要がなく、みな平等であると説くため知恵が、あまり入らないのです。

釈尊の知恵は慈悲という愛情から出ている知ですが、マリン・ブルーの知は、神の心そのものを直接的に分析し、把握していく知です。

一言「神の心」と言われましても捉えどころがなく、それのみならば非常に抽象的であり、それを客観的に思想として、あるいは学問として知性的に把握しようとするのです。

ソクラテスがこういった考えであり、神の心を単に抽象的で漠然としたままにしておくのではなく、探究を通し、悟りを通して具体的に客観的な思想や理念として捉えようとするのです。

学問を造ったのはソクラテスと言っても過言ではありませんが、学問の本質とは、だからいつでも真理の探究であり、神の心の探究だったのです。

現代の学問はそうなっておらず、本質が失われておりますが、元々は学問の本質と目的とは神の心の探究であり、真理の探究だったのです。

ただ釈尊の知恵は、こういった知恵ではありません。

大衆への愛情から出ている知恵です。

大学生と小学生を同じ教室に入れて同じ大学の学問を学ばせ、それが理解できない小学生をその虐待から救おうとする知恵です。

だから悟りの各段階を見抜こうとするのです。

お釈迦さまは大学生と小学生を同じ教室には入れないのです。

それは大学生と小学生を差別していると言えば、そうかもしれませんが、それは神ご自身が多次元世界で表現されていることなのです。

6次元霊界の人を8次元菩薩界には入れていないのです。

5次元幽界精霊界の者を9次元如来界に入れ、同じ教室で学ばせていないのです。

これは神の慈悲でそうなっているのです。

小学生には小学生の学問を、大学生には大学生の学問を縦横無尽に説くのです。

これを釈迦の対機説法と言います。

確かに大学生の学問は、小学生の学問よりも進んでいるのかもしれませんが、別にその小学生が間違ったことを勉強しているわけではないのです。

小学生は小学生で正しい学問を勉強しているのです。

またその小学生もいずれ中学生になり、高校生になり、いずれ大学生となって楕円関数を理解できるようになるのです。

多次元世界もこれと全く同じであり、小学・中学・高校・大学の教育制度をカースト制度と呼ぶ人はいないはずです。

それをGLA以降ですが、あの世の地位を振りかざすかのように霊格を振りかざし、俺は菩薩で高校生だ、小学生のお前は低いのだから、俺の言うことを聞けと言うようなおかしな人を大分作ってしまったのです。

高校生ならば小学生に勉強を教えてあげればいいだけの話であり、俺は高校生だから小学生は言うことを聞けなんてそんな傲慢なことを言う高校生は現実の世界にも存在しないのです。

それは明らかに多次元世界を誤解しているのです。

多次元世界の悟りの高低とは、この世で言えば教育制度と全く同じです。

何の相違もありません。

現在、6次元霊界の霊人もいつか7次元神界に上がり、8次元菩薩界に進化していくのです。

そのために人は等しく「永遠」を生きています。

また高次元の諸神霊もそのために活動をしているのです。

愛は「横の光」ですが、慈悲は「縦の光」です。

この愛と慈悲を切って、慈悲だけに偏りますと全て差別相の愛になってしまい平等がなくなってしまうのです。

すると一人残らずの全人類救済も成り立たなくなります。

平等の愛に偏っても大衆にとって残酷な愛情となり、差別相の慈悲に偏っても大衆にとって残酷な愛情になるのです。

モーゼも大川さんのところで初期述べていたと思いますが、真理を説く時、この平等愛と差別愛の双方を融合した立場で説いていきなさいと言っていました。

これは愛と慈悲が融合した立場で真理を説いていきなさいという意味です。

神の心とは平等即差別、平等即公平だからです。

人類を幸福にするのはこの平等と公平なのです。

多次元世界の霊人が低い霊域から高い霊域に到るまで一人残らずが幸福なのは、あの世ではこの平等と公平が完全に守られているからです。

逆から言えば、この平等と公平が失われた時、人類は不幸になっていくのです。

現代人の多くが地獄に堕ちているのは、この平等と公平が失われているからです。

悟りが高いに越したことはありませんが、多次元世界では、さりとて悟りが低いからと言って不幸なことはなく、神の定めた基準をクリアしていれば、あの世では全て永遠の幸福を享受しています。

児童虐待とは、この上から下に流れる愛情である慈悲が失われている証明です。

神への信仰を失ったために自我のままに生きるようになり、自我のままに生きれば、相対的な自我と相対的な物質が同通し、物質の属性に支配されるようになります。

神の心が「主」であり、神の体は「従」です。

物質の属性とは「従性」であり、正義が主であり、力が従です。

この力の強弱に心が支配され、力の弱い子供を平気で虐待していくようになるのです。

児童虐待の問題の原因も神への信仰の欠如が原因であり、要は慈悲の心を喪失しているということです。

そして慈悲とは上から下に流れる神の愛情であり、親が子供を慈しむ愛情です。

子供を愛せなくなり、虐待するようになりますとその子供が未来の世界を築いていくため、慈悲の心が失われますと人類の未来もまた失われていきます。

子供は人間の良心です。

子供はまだ生まれたばかりであり、まだ天上界での生活をその性質に色濃く残しています。

天上界の諸霊とは一体どういった存在なのかを知りたければ、10才以下の子供を見れば分かります。

天上界の諸霊は、高い霊域から低い霊域の霊に到るまで、みなあの10才以下の子供のような性質です。

だからイエスも汝らおさな子の如くあらねば、天国の門は開かんと言ったのでしょう。

10才を過ぎる辺りになりますと次第にきちゃない大人になっていくわけですが、大人が忘れがちな良心を忘れないように子供がその天国をこの世で体現しているのです。

子供の虐待とは、天国を虐待しているのと同じです。

もしこの世に子供が存在しなければ、大人は天国を忘れていくでしょう。

そしてその天国を忘れた大人は、そのきちゃない心で多くが地獄に向かうことになるでしょう。

その意味で子供はこの世において「存在の愛」を神の如く体現していると言えるかもしれません。

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