GLAと幸福の科学 18

中々、この題は終りませんな。

GLAでは、疑問のないところに盲信と狂信が生まれる、と教えていました。

あるいは疑問を押し殺して信仰するのは、そんなものは信仰ではなく逃避である、とも創価学会を批判して言っていました。

一つの真理に到達するまで真理に妥協してはいけない。

疑問と探究、疑問と探究を繰り返していけば、人は必ず一つの真理に到達する。

生命の本質である唯一の神の心に到達する。

高橋信次氏の時代には、確か教祖である私をも疑いなさいと言っていたと思います。

そして疑って、疑って、疑問をもって疑問をもって探求し、これはどうしても認めざるを得ないと良心が納得した時、その時初めて信じなさい、と。

疑問をもったまま信仰してはいけない。

疑問のないところに狂信と盲信が生ずる。

この説き方も大雑把と言えば大雑把であり、要は高橋氏は真理を疑え、神を疑えと言っていたのではなく、神の心、この一つの真理を目的として、この一つの心に到達するまで疑問と探究を怠ってはならないと言っていたわけです。

人類はその生命に同一の神の心をみな宿しておりますので、疑問と探究を繰り返していけば、必ず同じ神の心に到達するわけです。

実際、現実神の心に到達できるのは、如来の霊格を有していないと到達できないようですが、その神を信ずる時の信仰の態度を言っていたのでしょう。

要はデカルトの方法序説にある方法的懐疑を言っていたのです。

疑うことは目的ではなく真理に到達するための方法論である。

すなわち真理に到達するための手段として疑うわけです。

疑うことが目的ではなく、真理が目的です。

そして疑問と探究を繰り返し、真理だと得心がいくまで安易に妥協してはいけない。

どう疑っても疑っても、最期これはどうしても否定できない、認めざるを得ない、ここまで疑問と探究を繰り返し、納得し、得心がいったならば、その時、初めて信じなさい、それが信仰です、と言っていたと思う。

だから私をも疑いなさいと言っていました。

この疑問と探究のプロセスをすべて剥奪していくのがカルトですが、この場合、疑問を持ちながらも信仰しておりますので、これを盲信と言い、狂信という。

創価学会で疑問があっても

こりゃ、いかんでぇ。

疑問をもったらバチが当たるでぇ。

南無妙法蓮華教、南無妙法蓮華経・・・・・

・・って、やめないんだな、となりのおばさんが・・

こっちは夜中の2時まで仕事やっとんのに、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・

朝から晩までやっとんだな。

そして途中で昼寝しとるんだな、そして起きたら、またやっとるんだな、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・。

もう、やめないんだな、となりのおばさんが、こっちは疲れとんのに、大声で。

題目闘争、題目闘争、闘争、闘争とその闘争の背後にいるのは阿修羅です。

こういうのは信仰とは言わずに逃避と言う。

なんて言っておりました。

ちなみに南無とは梵語で「帰依する」という意味であり、妙法とは妙妙なる法、完全な法、絶対の法、無欠の法、はかり知ることのできないほど奥の深い法であり、蓮華とは仏法の象徴です。

蓮華はどぶ泥の中に咲きます。

肉体から出るもので美しいものはない。

目からは目くそ、鼻からは鼻くそ、耳からは耳くそ、肉体はどぶ泥のように汚い。

しかしてそのどぶ泥のような肉体に宿っていても、仏法を心の糧として生きた時、あのどぶ泥に美しく咲く蓮華のような美しい生命になれるのだ、と日蓮宗では説く。

従って南無妙法蓮華経とは、蓮華のような妙法に帰依するという意味ですが、イエスも言っていたように、

主よ、主よ、と言う者がすべて神の国に入れるわけではない。

ただ天の父の御旨を行う者のみが神の国に入るのだ。

妙法に帰依する、妙法に帰依する・・・と何百回唱えても、そういうものが必ずしも神の国に入れるわけではない。
ただ仏の御旨を行う者のみが仏国土に入ることができる。

GLAでは、法に照らして、思うことと行うことが重要なのだと言っていました。

経典とは、唱えるものではなく、行ずるものである、と。

ところが、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・とやめないんだな、となりのおばさんが、大声で。

何万回でも唱えるんだな。

と、愚痴ではありませんが、言ってました。

・・こりゃ、もうかなわん」、と。

前回の記事で主客合一を少し扱いましたが、主観と客観は合一しており、合一していない場合、人間を霊や人格として定義づけることはできない。

生命(主観)と物質(客観)が合一しているということは、我々には生命か物質かの二つの選択肢しか与えられていない。

物質はアインシュタイン博士が説かれましたように、物質はイコール時空であり、時間と空間は相対的であるという相対性理論の通り、こちらを選択するわけにはいきません。

その物質の属性である相対性を選択し、最上位に置きますと、その相対性から対立が生まれ、その対立から次に怒り、憎しみ、嫉妬等、悪が無限化していきます。

宗教的には、これは「偶像崇拝」として説かれてきており、厳しく禁止されてきました。

人格性も、確かに知識・思考・概念・認識・情操等、すべて相対的な性質を有しておりますが、人格性の中核には永遠に神が着座しておられる。

信仰とは神を信ずることを言います。

自己の本質を信ずることと言い換えてもいい。

これをエマソンは、かつて自己信頼の思想として説いています。

エマソンの言う自己信頼とは、相対的な自我を信ずることを言っていたのではなく、自我の奥にある霊天上界、並びにその本質である神への信仰を自己信頼の思想として説いたのです。

神への信仰とは、エマソンの言った自己信頼のことを言う。

しかして主と客が切られている場合、たとえ神を信じて、生命が進化向上しても、客観の世界に何ら影響を及ぼすことはない。

心が良くなろうが、悪くなろうが関係なく世界は良くなったり、悪くなったりすることになる。

この場合、神を信じても、心を良くしても、世界が良くなることはないし、その絶対の保証はありません。

この場合、快楽性のある物質、いわゆる国益や利益、地位名誉等々を目的とし、世界は腐敗せざるを得なくなる。

すなわち主客分離の世界構造では、我々に腐敗しかもたらさない。

事実、物質を選択しているがゆえに全世界は腐敗しております。

では西田哲学で説かれているように眼前の大宇宙や自然界が、主客合一の理法の通りに形成されているならば、どうなるか。

見られる世界は、見る者の心の世界である : 西田幾多郎

生命と物質、主観と客観は一つの構造となっているわけですから、我々の心の在り方は、必ず眼前の客観世界にそのまま影響を及ぼすことになる。

三界は唯心の所現、心外無別法、天界・現界・地獄界の三界は、ただ心のあらわれであり、心の外に別に法なく、存在なし。

すべては心のあらわれである。

実は眼前の大宇宙ですら我々の心の中に在る。

主客が合一している場合、我々は心を選択するしかない。

世界の構造が主客合一になっているということは、大宇宙、この存在の在り方そのものが、そのまま我々の希望になっているということだ。

心が良くなれば、世界も確実に良くなるように世界は創造されている。

これを希望と言わずに何と言うか。

そういった世界構造として創造されたのは人間ではなく、神である。

これを神の人類への永遠の愛と言わず、何と言う。

我々各個人の心の在り方が、外界の世界にそのままあらわれる主客合一の構造と仕組みになっているわけであるから、ソクラテスが言っていたように「汝自身を知る」道しかない。

過去の世界も、現在の世界も、そして未来の世界も永遠に主客合一の世界構造になっているならば、我々は永遠に生命を選択するしか道はないということだ。

世界が主客合一の法則によって創造されているならば、だったら心を磨くしかないじゃないか。

神の心を悟るしかないじゃないか。

これ以外になにをしろというのだ。

心を磨けば、客観の世界も良くなるならば、ならば心を磨くしかないじゃないか、悟るしかないじゃないか。

世界を浄化するには、心を磨くしかないならば、そうするしかないじゃないか。

神が世界をそう造ったならば、それに従うしかないじゃないか。

人類各人の心を磨く以外に世界が良くなる方法はない。

神御自身が、世界を主客合一の世界として創造されているからだ。

もし主客が分離しているならば、世界の構造と仕組みがそうなっているならば、心で勝手に思ったり、行ったり好き勝手やればいい。

それで地球が良くなることがないのは、

世のさま、見りゃ分かるであろうがな。

ではその世界を良くする唯一のその心とやらは、何をもって良くなっているだの悪くなっているだのいうのか。

その心の良し悪しは、実に神の心が永遠に決めている。

神の心に叶っている時、それを善と言い、神の心に叶っていない時、これを悪という。

人間が善となるか、悪となるかは、ひとえに神御自身が決めておられる。

自我で好き勝手生きて、天国に帰天できるならば、地獄界は存在していない。

神の心に叶っていないから地獄界にいる。

地獄界とは逆説的に神の存在を証明している世界でもある。

何がしかの神の御心に叶っていなければ、我々は一人の例外もなく、霊天上界には帰天できない。

その神の御心を知る、あるいは悟るにも段階はあるけれども、その神の巨大な寛容と忍耐と広い心によって是とした心だけが霊天上界に帰天できる。

我々を霊天上界に帰天させることができる存在は、唯一神の御心しかないということだ。

その神の心が表現されている世界が多次元世界。

幽界上段階・霊界・神界・菩薩界・如来界・宇宙界etc・・・

悟りの高低はあれど、この多次元世界の各次元の世界は、すべて神が是とされ、良しとされた世界です。

神が造られた多次元世界のいずれかの次元の悟りを自力で得た者達が、幽界から宇宙界までの各次元のどこかの次元世界に帰天する。

そしてすべての霊人を幸福にしておられる。

悟りが低いから不幸ということはない。

神が良しとした悟りを得た者達は、例外なくすべて霊天上界に帰天し、全てが幸福である。

すべての霊人を幸福の状態に置いておられるのは、すなわち神の心。

つまり多次元世界もまたその全体として神の心の表現体です。

従って真理の探究とは、神の御心の探究ですから当然、多次元世界の構造と仕組みの探究とならざるを得ない。

この世ももちろん物質宇宙は神の表現体であり、神の神殿です。

神の心が表現されているのです。

自然界は法のあらわれである。

人はこの法をもって思いと行いを正せよ : 高橋信次

そして救世の法とは、神の心が表現されている眼前の大宇宙の構造と仕組みを解くのみならず、多次元世界の構造と仕組みまで解いた法を言う。

これを神の法と言い、真理と言う。

言葉だけが象徴的なのではない。

事物や対象そのものが神の思想の象徴なのだ : エマソン

この世の人類は70億人いる。

しかしてみな例外なく、いつか死が訪れる。

死後、70億の人類は例外なく、この幽界・霊界・神界・菩薩界・如来界・宇宙界のいずれかの世界に帰天する。
例外はない。

一人の例外もなく、この多次元世界のいずれかの世界に善人ならば帰天することになる。

ならば多次元世界の構造と仕組み、その全貌を解くとは、全人類を支配している心を正確に解くということだ。

人類は一人の例外もなく死後、必ずこの多次元世界に帰天するからである。

中には地獄界に赴く方も一部いるであろうけれども、善ならば例外はなく、必ず多次元世界のいずれかの世界に帰天することになる。

その多次元世界の全貌を解くとは、要は全人類を永遠に支配している神の心を解くということだ。

神の支配は、全霊人を永遠に幸福にしているが、人の支配は半分以上が不幸です。

ならば人が人をその相対的な自我で支配しているために半数以上が不幸な世界を探求しても仕方がない。

霊界人口500億の霊人、そのすべてを永遠の幸福に置いておられる神の心とそれが表現されている大宇宙と多次元世界、この双方に表現されている神の御心を解明していくこと。

それを可能な限り正確に解明した法を「救世の法」と言う。

これが本来の幸福の科学と大川さんの使命でした。

多次元世界は、全霊人を神御自身が治めておられるゆえにすべてが幸福。

ならば仏陀が人類幸福化運動を掲げるならば、この地上も神御自身が治める世界を造らなければならない。

既に500億の霊人を幸福にしておられる神です。

人類70億人ぐらい幸福にしてくれるに決まってるじゃありませんか。

人間の内在せる神の心の発現を通してこの地上を神が治める世界に作り直さなければならない。

これが仏陀が意図していた神仏の法治主義ですが、もちろんこのような単純なものではありませんが、人が治めているから半分が不幸だと言っている。

我々はその不幸な世界を、既に経験済みです。

この地上の不幸は、ひとえに人が人をその人間心で治めているからです。

神を忘れ、不信仰の悪徳に生きているからです。

神への信仰と言う人間の基本もできていないから、人が人をその人間心で治めようとする。

そして半分以上もの神の子達が地獄に落ちている。

神が人類を治めた時、全人類は幸福にならざるを得ないということだ。

もちろんカルトが治めた世界を言っているのではない。

当たり前のことです。

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コメント

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