釣魚列島問題

2020年東京オリンピックのエンブレムに対する「盗作疑惑」が出ています。

新国立競技場の白紙撤回問題と言い、STAP盗用論文と言い、釈迦の娘の盗用論文と言い、エンブレムの盗作疑惑と言い、盗作ばやりと言うのでしょうか、共通点はみな背後に神道系の霊が存在する点、共通しています。

釈迦の娘も神道系の霊らしいですからね。

「神約民主論」も、あたかも自分が悟ったかのように盗作しようとしているのでしょうか。

本当に信用のならない霊系統ですな。

前近代においては中国の真似であり、近代はアメリカと我々の真似ですね。

物質的方面はアメリカの真似であり、精神的方面は我々の真似です。

基本的人権をヨーロッパで作ってきたのは我々であり、言論の自由・表現の自由・思想の自由等、近代を開いてきたのも我々です。

ルネサンスを作ってきたのも我々であるし、学問と哲学、並びにヨーロッパのキリスト教神学を作ってきたのも我々です。

作ってきた張本人の一人が私です。

完全に真似してますな。

「神約民主論」も盗作しようとしているのでしょうか。

マリン・ブルーの名を騙ってインチキ霊言を神道は降ろしていたようですが、本当に手癖の悪い系統ですね。

人様の業績をあたかも自分たちが作ってきたかのように善人の仮面を被ってかすめ取ろうとする。

釣魚列島(ちょうぎょれっとう。日本名・尖閣諸島)を自国の領土としたり、沖縄をぶんどったり、韓国を併合したり、昔から手癖が悪いようですね。

1895年に尖閣諸島を編入したと言いますが、1895年の時点では「尖閣諸島」と言う名前すら存在していない。

尖閣諸島という名前は、編入したと言う1895年から5年後の1900年に初めて「尖閣諸島」という名称が、黒岩恒(くろいわ ひさし)によってつけられたのであって、1895年の段階では「尖閣諸島」という名前すらない。

日本固有の領土のわけないでしょう。

国立公文書館  アジア歴史資料センター

レファレンスコードは、「A03020225300」です。

検索にこのコードを入れれば、「明治二十九年三月五日、勅令第十三号」が出てきます。

閲覧」をクリックして下さい。

表示されなければ、右上の「JPEG」をクリックして下さい。

この13号の勅令によって日本政府は尖閣諸島を1895年に公式に閣議決定後、編入したと言っています。

3ページ目です。

ここにはどこにも「尖閣諸島」という名前はありません。

それはそうです。

1895年の段階では「尖閣諸島」という名前すら存在していなかったからです。

勅令13号の最後の行に「八重山郡 八重山諸島」と記載されていると思います。

日本政府は、

「ほら、ここに八重山諸島、もろもろの島と書いてあるだろう。

ここに尖閣諸島が入っているのだ」と詭弁を弄しています。

「尖閣」列島--釣魚諸島の史的解明 井上清

大分前にこの論文を読ませていただきましたが、明治以前には、井上氏の研究によれば尖閣諸島に関する文献は日本には一つしかなく、琉球には二つしかない。

しかして日本側の文献も琉球側の文献も共に中国側の文献に深く依存しているもののみであり、実質的には日本・琉球共に尖閣諸島に関する文献は一つも存在していない。

おかしいですね。

古来から固有の領土と言うならば、古文献のひとつぐらいあってもいいはずなのにひとつもないわけです。

そのたった一つある日本側の明治以前の文献とは、江戸時代の知識人・林子平(はやししへい)の書いた、

『三国通覧図説』(さんごくつうらんずせつ・一七八五年刊)の付図の「琉球三省并三十六島之図(りゅうきゅうさんしょうならびにさんじゅうろくとうのず)」のみである

しかもこの「琉球三省并三十六島之図」は、尖閣諸島を中国領として色分けている。

江戸時代からここが中国領だということを林子平は知っていたわけです。、

琉球三省并三十六島之図

見にくいかもしれませんが、福建省の北です。

赤尾山・黄尾山等々、福建省と同じ色で塗られています。

赤尾山の少し北、上に「古米山」とありますが、これは琉球名「久米島」のことです。

赤尾嶼(せきびしょ)までが中国領であり、その向こうの久米島(古米山)から琉球領となる。

だから赤尾嶼(せきびしょ)は中国名であり、久米島(古米山)は琉球名なのです。

名前そのものが中国と琉球の境界をあらわしている。

赤尾嶼と久米島の境が「中外ノ界ナリ」と公文書に書かれてある。

いくらでも中国側には古文献が残っている。

中国、琉球共に当時から領土の境界は意識されていたわけです。

沖縄県に編入したと言いますが、その沖縄とて日本固有の領土ではありません。

あそこは450年の歴史を持つれっきとした「琉球」という国家だったのです。

日本が琉球処分によって滅ぼしたのです。

沖縄自身が固有の領土ではないのに、そこに編入したとて固有の領土を主張するのは滑稽です。

1895年に編入したと言いますが、その前の年、すなわち1894年を見て下さい。

日清戦争がありました。

この戦争で日本は勝利し、そのどさくさに紛れてかすめ取ったのです。

井上氏の論文にその経過が詳しく書かれています。

勉強になる論文ですが、日本は受け入れることはないでしょう。

台湾や澎湖島は戦争で公然と奪ったために、戦後はカイロ宣言に基づいて返しましたが、尖閣諸島だけは秘密裡にことを運び、かすめ取ったゆえに返還されなかったのです。

尖閣諸島問題が浮上してきたのは、1968年(昭和43年)に尖閣諸島近海の海底調査で石油や天然ガスなどの地下資源が大量に埋蔵している可能性が確認されて以降の話です。

それ以前には尖閣諸島(中国名 釣魚列島、台湾名 釣魚台)問題はなかったのです。

尖閣諸島をめぐる領有権争いは、それまで全く双方に関心がなく、争いはありませんでした。

尖閣列島・釣魚島問題をどう見るか 村田忠禧(横浜国立大学)

尖閣諸島近海に膨大な資源が埋蔵されていると確認されて以後、最初に反応したのは日本でした。

1895年の閣議決定から74年間も放ったらかしにしていた尖閣諸島に地籍表示のための標柱を立てたのが1969年5月10日です。

琉球政府、すなわち日本政府ですが、これが明確に領有権を宣言したのが1970年9月10日でした。

1968年に石油やガスが大量に眠っていると分かって大急ぎで標柱を建て、おおあわてで領有権を主張し出したのです。

台湾や中国も同様でした。

台湾(中華民国)は1971年6月の外交部声明で公式に領有権を主張し、中国は1971年12月の外交部声明で公式に領有権を主張しました。

この点を村田教授は次のように述べています。

「『固有の領土』と主張するには、日本政府にも中国政府にも『いささか後ろめたい』ところがあってしかるべきであろう」

それまでは双方、全く関心を寄せていなかったにも拘わらず、大量の資源が見つかった途端に、右往左往するのは、双方「いささか後ろめたい」ところがあってしかるべきであろう、と苦言を呈しておられます。

しかして釣魚列島(ちょうぎょれっとう 日本名 尖閣諸島)は、歴史的には無主地先占の法理は成立せず、明らかに中国領と言えます。

井上教授は、いつから釣魚列島の名前が出てくるのかの確認は取れなかったけれども、自分が確認を取った限りでは、少なくとも「明の時代」には、既にここは中国領として出てくると論じておられます。

日本側は経度緯度も明確に定義できず、どこからどこまでが尖閣諸島というのかすら言えない。

黒岩恒が定義する範囲を尖閣諸島と言うならば、赤尾嶼は入っていない。

にも拘わらず赤尾嶼も入っているとか、いないとか場当たり的にごちゃごちゃ誤魔化す答弁を強く批判しています。

林子平図でも、赤尾嶼、黄尾嶼(こうびしょ)等記載があり、明らかに中国名が書かれている。

日本の固有の領土と言うならば、日本名が島につけられていても何の不思議もないのにそうなっていない。

この点を誤魔化すために島の名前がコロコロあそこは変わっているのです。

黄尾嶼を久場島(くばしま)と呼んだり、赤尾嶼を大正島(たいしょうとう)と呼んだりして林子平の時代から変えています。

井上清氏の主張ではカイロ宣言に基づいて尖閣諸島を中国に返すべきと言っておられます。

非常にずるいやり方で日本は尖閣諸島をかすめ取っているのです。

日本政府は尖閣諸島を「無主地」と頑強に主張しますが、尖閣諸島が誰にも発見されておらず、先に発見したものが占有して良いとする「無主地先占の法理」は成立しない。

先に発見したのは中国だからこそ赤尾嶼、黄尾嶼等、中国名が昔からついているのです。

尖閣諸島がいずれの国にも属していない無主の地であったとするには無理がある。

村田教授はこう言っておられます。

沿海の安全確保は国家にとっての重要な任務であり、防衛すべき沿海の島々の範囲に釣魚嶼、黄尾嶼、赤尾嶼が含まれていた。

琉球への冊封使の派遣は明、清あわせて24回に及び、冊封使はいずれも派遣経過と琉球の現状報告を「使琉球録」などの文書として皇帝に提出していた。

それらの記録で注目すべきことは赤尾嶼を過ぎ、「古米山」(今日の久米島)にいたってはじめて琉球の領内に入ったと認識していることである。

久米島をもって琉球の境界としていることが明白である。

明から清にかけて中国からの冊封使が琉球に向かう際に、釣魚嶼、黄尾嶼、赤尾嶼は航路目標としてはっきり認識されていたこと、琉球国の領域は久米島からであって、赤尾嶼と久米島との間に存在する海溝を越えることによってはじめて琉球に入ったということを中国側、琉球側いずれも実感をもって認識していたことは明らかである。

琉球に属する島嶼は三十六島で、そこには釣魚嶼、黄尾嶼、赤尾嶼は含まれないということは琉球、中国、日本の共通した認識であった。

安全な海路が存在しているにも関わらず、なぜ冊封使は釣魚島→黄尾嶼→赤尾嶼→久米島というルートで那覇に向かったのであろうか。

民間貿易ではなく、国家を代表する使節の派遣であるため、公式のルートを使うことが当然要求されていたからに他ならない。

領土・領海意識は明確であり、無主地論は成立しない。

無主地論は成立しない」そうです。

日本政府は、あくまで無主地と主張しています。

少なくとも1500年代前半には、明らかに中国領として双方意識されていました。

日本固有の領土と言いながら、古文献ひとつない。

江戸時代の林子平も、あそこを中国領として明確に理解していた。

無主地論は成り立たないでしょう。

井上論文もこう言っています。

ここは本来は無主地であったのではなく、中国領であることは、十六世紀以来の中国文献によって確かめられること、日本の領有は、日本が日清戦争に勝利して奪いとったものであることを、ほぼ確認することができた。

中国名の赤尾嶼と琉球名の久米島との間が、「中外ノ界ナリ」と明記されている中国の文献が二つもあり、江戸時代日本人のこの島々を記録した唯一の文献『三国通覧図説附図』も、ここをはっきり中国領としているのだから、これでもなお、「無主地」ということは、とうていできない。

釣魚諸島は無主地であったなどと、よくもいえたものである。

他国の領土を、内心ではそうと気づきながら、「無主地」だなどとこじつけ、こっそり盗みとるから、その「領有」を公示もできず、その「領有」の年月日も、その地域の正確な範囲も、位置も、その名称すらも一義的に確定できないのである。

尖閣諸島の領有過程を見ますとそうでしょう。

まるでアジアのギャングですね。

第二次世界大戦に日本が勝利していたならば、また事情も違ったのでしょうが、負けたわけですからカイロ宣言に基づいて中国に返すべきでしょう。

あそこを無主地と言うならば、国際社会にウソをついていることになります。

でも実際は返すことはないでしょうがね。

神の権威に戦争を売ってくるような霊系統ですから、返すことはないでしょう。

恐らく行くところまで行くことになるのでしょう。

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コメント

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