幸福の科学の教え 9

1989年9月17日、幸福の科学総裁・大川さんの講演です。

丁度、今から30年前の大川さんの講演ですが、今聞いても、この1986年~1989年までの講演は、どの講演を聞いても素晴らしいです。

さすが大救世主といった講演です。

マイトレーヤーのオーバーシャドウもかかっているようです。

オーバーシャドウは、確か1994年に高橋信次氏を追放してから外れたのではなかったか?

イエスでもモーゼでも同じですが、救世主が地上に降りた時には、マイトレーヤーがオーバーシャドウと言って神の光で救世主をくるんで、説法させます。

これはそうそう外れるものではありませんが、外れたということは、余程慢心したとしか思えない。

たださすがイエス・キリストと同じ力をもった方だけのことはあります。

この時期は著作も講演も、あるいは霊言も、どれをとってもすばらしいものばかりです。

まさに神の巨大な光がそのまま地上にあらわれていたといっていい。

この時期の大川さの言葉はすべて人間知を加えることなく、残すべき。

この時期の講演や講義のカセットテープやVHSは、今でもヤフーオークションやメルカリでは高値がつき、高騰します。

アンチが、どう幸福の科学を否定しようが、一般はその価値を知っているのですね。

そりゃそうです。

この時期の大川さんの講演には、イエス・キリストや高橋信次氏のみならず、モーゼだの孔子だの諸神霊がこぞって大川さんの肉体にかかって喋っていましたからね。

アンチの中では1980年代の霊言をも否定する人がいますけれども、あの霊言の内容に文句の言える者は、この地球上には存在しない。

否定する者は、自己の悟りの低さを露呈しているに過ぎない。

そういう者は、何を読んでも無駄。

読んでいても、何も読んでいない。

聞いていても、何も聞いていない。

喋っていても、何も喋っていない。

単なる三重苦であり、出来の悪いヘレン・ケラーに過ぎない。

豚に真珠を与えることなかれ、彼らはそれを足で踏みつけていくであろうから。マタイ7-6

猿に小判、猿に真珠となっている。

豚が求めているのは真珠ではなく、餌(利益と快楽)です。

君子は義に喩り小人は利に喩る(くんしはぎにさとり、しょうじんはりにさとる)論語

徳のある者は、物事に対処するにあたって、まずそれが正義であるかどうかを考えるが、小人はそれが利益につながるかどうかを考える。

正義が善、利益が悪の基本的真理を孔子ははっきりと悟っています。

日本はすべてとは言いませんが、あの世からこの世、上から下に至るまでほとんどが「小人(しょうじん)」です。

真理ですら、まず正義を考えず、その真理が自己の利益になるかどうかを考えるのです。

胸に問えば分かります。

まさに「小人」です。

そうやって幸福の科学に初期、巣食っていた神道系が大量にいました。

今は泣き言を言っていますが。

その利益を求めれば、求めるほど世界は腐敗し、真理から遠ざかることが理解できず、ひたすら利益を求める「小人」です。

善のみ語るのは、そうすれば自分の利益になると思っているから善ばかり言うのです。

善が目的ではなく、利益が目的です。

こういうのを虚栄というのです。

孔子は、イエス・キリストと同じ霊格を持っておられる方ですから、やはり時代を超えた真理を説いています。

2500年経過した現代人にも十分通じている真理です。

今後の人類にも通じるでしょう。

これほどの息をのむような凄い説法のできた方が、いつまでアホアホ宇宙人ミーハー教の教祖をやっているのか知りませんが、原点に戻るべきだと思っています。

お釈迦さまでも、地上に肉体を持てば、誤ることもあるわけですから、当サイトも含めて、地上人間はみんなそうなる可能性があるわけです。

その誤りですら、大きな目で見れば、その方の霊的な修行になっているかもしれないのです。

イエスも盲信しているクリスチャンにあの世から言っていました。

悲しいことではありますが、私もさまざまな罪を犯しました。

私はたとえば、親孝行をしませんでした。

これは私の罪でありましょう。

私は兄弟たちを捨てました。

これも罪であったでしょう。

とり方によっては私の声は、ある時は不遜に聴こえ、傲慢に聴こえたでしょう。

あるときは、かつての宗教、モーゼの教えを信じていた人たちを傷つけたかも知れません。

これもある意味では罪でありましょう。

しかしながら、そうしてでも実現しなければならないことがあったのです。

そうです。

大きな道があったのです。

私はその過程でさまざまな罪を犯しております。

私は一つの罪もなく殺されたものではありません。

人間は所詮、神にはなりえない。

人間は所詮、宇宙にはなりえないということです。

霊天上界では、だからその人間の誤りを責める者はいない。

もし責められるとしたら、それを改めなかった時でしょう。

本当の過ちとは、罪や悪を犯すことではなく、それを改めなかった時です。

過(あやま)ちを改(あらた)めざるこれを過(あやま)ちという

孔子は、未熟な人間は、別に悪や罪を意図していなくても、その世界で悪や罪を犯していく。

しかしてそれを本当の悪といい、罪というのではない。

本当の悪とは、それを改めなかった時である、と。

改めない罪や悪は、無制限化されていく。

オスカー・ワイルドは、その著『獄中記』において、世に悔い改められたる罪ほど美しきものはないと言っています。

西田哲学では、このワイルドのことを、

ワイルドは罪の人であった。

ゆえに罪の本質をよく知ったのである。

と評しておられます。

易経によれば、君子と小人を分けるものは、その豹変さです。

君子は豹変し、小人は面(おもて)を革(あらた)む

罪や悪を犯し、誤った道を行った時、君子と小人は決定的に異なる態度を取る、と。

「小人」は、過ちを犯した時、物事の真相が理解できないため、うわべだけを改め、表面だけを取り繕う。

どっかの国の総理大臣みたいですが。

しかして君子は、誤りを犯した時、豹変する。

君子という学識豊かで立派な人物は、誤ちや悪を犯した時、まさに豹の足のごとく一瞬の閃光と共に変わる。

悪や罪を犯したと認識した瞬間、君子は豹変する。

今までのみずからの誤った考えと行動を瞬間のうちに改め、自己を変革していく。

これが君子である、と。

論語でも同じです。

小人の過ちや必ず文る(しょうじんのあやまちやかならずかざる)

「小人」とは品性下劣な人物のことであり、この「小人」は、過ちを犯した時、あれこれ言い繕っては弁解し、ごまかそうとするものだと言っています。

これもどっかの国の総理大臣みたいで笑えます。

「小人(しょうじん)」を字句通り、「こびと」と読んでも間違いではなさそうです。

2500年前の書物とは思えませんね。

イエス・キリストが幸福の科学に再臨し、既存のキリスト教の教義の中で是非とも改め、修正したいと言っていた点の五点目がキリスト教と他の宗教を信ずる方との関係の説明不足です。

四点目の神の本義の説明不足と対をなしている考えですが、この四点目と五点目は「一即多、多即一」の法則から理解すべきであり、四点目の神の本義の説明不足とは、要は「一」に相当する部分であり、五点目は「多」に相当する部分です。

これは短いのでイエスの言葉そのものを掲載しておきます。

幸福の科学から削除要請がきた場合は、即刻削除しますが、本当はそのような態度はよろしくないと思っています。

諸神霊は、幸福の科学という団体の利害関係で啓示を降ろしていたわけではないからです。

全人類へのメッセージとして降ろしていたのです。

我々地上人間は、その諸神霊の思いに答えなければならない。

そう思っています。

イエスは、この五点目を霊天上界でこう言っていました。

第五点としては、他の宗教と、キリスト教とのかかわり方について不充分な点があると思います。

例えば、ユダヤの神と、私の言っている天の父とが同じものなのか、違うものなのか、これが私の弟子達には定かではありませんでした。

あるいは、ユダヤの神だけではなくて、他のインドでも結構ですし、他のヨーロッパでも結構ですが、異教徒の神と、私の信ずる神とが違うのか、同じなのか、そういったことが問題となって、後世、異端とか、異端裁判とか、さまざまな過ちが出ております。

これもやはり、私の説くことができなかったことであります。

もはや、あなた方は知っておられますが、神のお考えというのは、この地球計画において、ある時はギリシャに、光の指導霊達を出し、ある時にはインドに、光の指導霊達を出し、ある時には古代中国に、孔子や、孟子をはじめとする光の指導霊たちを出し、ある時はイスラエルの地に、私たちを中心とした光の指導霊を出す。

こういった神の計画のもとに、動いているのですが、まだ私の当時の教え方によれば、私が信じている天の父、神と、他の神々との違いがあるというような、そういった説き方があったと思うのですね。

そういう意味で異教徒というか、「正法」の本来の計画、伝播の仕方ということについて、正法が時代、地域の変遷を経て説かれるものだということ、こういったことに対する説明が足りなかったと思います。

だから、後世の人達は、私が神そのものであるか、神の顕現であるかのようにいって、たとえば、キリスト教が生まれる前には、神などなかったような言い方ですね、そういった言い方をしている方が、非常に多いわけです。

これが非常に害悪を及ぼしたことを、私は反省しております。

私が生れる前にも神はおられ、神の説かれた法は、この地上に生れていたのです。

顕現態様は違いますが生れていたのです。

そういう意味において異教とキリスト教という対比を明確にし過ぎたということ、これは私の過りであったと思います。

やはり、すべてが同じものではあるけれども、いま神の、一人の指導霊として、私が地上に肉を持ち、説明をしているのだという明確なことを言うべきだったと思います。

一人子という思想とか一神教、私の神だけが神であるというような思想を持ったために、他の宗教を信じる方がたを傷つけることがずいぶん多かったはずです。

そういうことを反省しております。

四点目が大魔王即大如来、大魔王即大天使であり、大如来の生命の本質にも同一の神の存在があり、実は色々と悪さをしておりますけれども大魔王の生命の本質にも全く同じ神の存在があるのです。

この神の存在あるゆえに天界・現界・地獄界の全霊人は、過去・現在・未来の三世において永遠に平等と言えるわけです。

これ以外に平等はありませんから、神の存在を否定すれば、我々には平等はなくなる。

肉体も相対的、精神も個性ゆえに相対的であり、肉体と精神共に完全に同一であり、同質同量同規模のものは存在しないわけです。

精神も肉体もみな異なっているわけです。

神の存在を否定すれば、すべて差別相です。

それは科学的にも認められているはずです。

物質はイコール時空であり、時間と空間は相対的である、とアインシュタイン博士も言っておられたはずです。

肉体も相対的、精神の自我もその知識・思考・概念・認識・情操、すべて相対的です。

神の存在を否定するのは勝手かもしれませんが、神の存在を否定すれば、平等はどこにもありません。

あるというならば指摘して下さい。

宇宙の果てに行ってもここ以外にはありませんから。

従って人類が平等を認めるならば今後、神の存在を否定できる者は一人もいなくなる。

平等とは人類唯一の共通性を意味しており、すべての哲学や思想の普遍性を永遠に担保している存在です。

神の存在を否定した場合、人類の共通性はなくなりますから、普遍的な価値の一切が喪失します。

人類が滅ぶということですね。

神が存在しているがゆえにみな永遠に平等と言えるのです。

ここ以外に平等はありません。

従ってこの生命の本質である大魔王即大天使と断定できる根拠であるこの一つの神の心を悟れば、なくなる世界が地獄界です。

そしてこの一つの心を悟っても、悟ってもなくならない世界が霊天上界です。

神の心を悟ればなくなる世界が地獄界ですから、地獄界は神の造った世界ではありません。

神の心を悟ればなくなる世界であり、非実在の世界だからです。

自己が善なる神の子である本性を知らない者達が赴いている迷いの世界が地獄界です。

この「一」の部分を言っていたのが、四点目です。

そしてこの「一」から派生した神の法として500名弱の如来の方々がおられるように、500通りの神の法が存在している。

「一」ではあるが、「多」、「多」ではあるが「一」です。

イエスが言っていた五点目は、要はこの「一」から流れ出ている500弱の神の法との関係の説明不足ということです。

キリスト教以外の宗教は、すべて邪教であるかのように思わせてしまった。

他の宗教との対比を明確にし過ぎて、それが後世の不幸や宗教戦争の原因となり、死ななくても良かった多くの者達が死んでいった。

この点を歴史的な意味を込めて反省しているわけですね。

六点目は、キリスト教の欠点というより、運命と言いますか、そういった計画だったわけであり、致し方ない点でしょう。

イエスが言っていた六点目とは、真理の段階的指導には、やはりある程度の長い年月が必要であったとしている点です。

やはりたった3年では弟子の教育も十分できず、真理の膨大な体系を組むには、無理があった。

3年では、弟子の教育が十分できなかったために可哀想な死に方を色々とさせてしまった、と。

真理もすべて凝縮して言わざるを得ず、それがまた後世誤解を生んでしまった。

だからイエスは400年後に再誕するようですが、次回はある程度の年月をかける、と。

2000年前は3年の伝道でしたけれども、来世の再誕時には、ある程度の年月を計画して出てくる、と。

高橋信次氏も次回のイエス再誕は長旅になる、と言っていました。

整理しますと、イエスが修正したいと思っているキリスト教の教義の6点は以下です。

一点目は、輪廻転生の法則の欠如。

二点目は、天国と地獄の構造論的な説明不足。

三点目は、悟りの方法論の欠如。

四点目は、神の本義の説明不足。

五点目は、キリスト教と他の宗教との関係の説明不足。

六点目は、真理の法体系の完成と弟子の教育には、ある程度の時間が必要であった。

この六点です。

この六点をよく考慮に入れて、新たな神の法を説いていかなければならず、真理の膨大な体系を組んでいかなければならないということです。

法の編纂という事業の中核は大川さんですが、私も半分弱もっています。

私は大川さんの補助に近いと思ってますけどね。

今回の救世運動の最高指導霊にイエスがついているということは、この考えも知っておかなければならず、背後にあるということです。

今回は法の総決算です。

GLAから幸福の科学の1989年までですが、かなりのレベルの法になっています。

理解している方は、ほとんどいないようですけどね。

凄いレベルの法が、1989年の時点で説かれています。

他の宗教はバチカンであろうが、創価学会であろうが、生長の家であろうが、屁みたいなレベルです。

理解できていないようですけどね。

神道系は、大川さんにも随分と失礼なことをしているようですが、でもそれでいいのではないか。

猫に小判であっている。

豚に真珠を与えても意味ないですからね。

彼らは元々理解できる能力が欠如しているわけですからね。

理解できるところが、世界の盟主になるのでしょうが、それは既に決まっていることのようです。

ただこちらとしては神の法の編纂を進めるだけです。

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