Report No.439
欲望とは、肉体の問題であり、物質をどう捉えるかの問題です。
「本来、悪なし」という教えもありますけれども、確かに神の心に悪はありません。
「本来」と言わなければならない点が苦しい点であり、つまり現実には悪なるものがあることを認めているわけです。
だから「本来」ないと言っているのです。
現実にも悪はなく、罪もないと実相から現象にすり替えて、説いてしまったため地獄に堕ちたのが五井昌久ですが、実相即現象の中道を外れ、実相の罪なく、悪なく、病なしを「紙一重」で現象にすり替え、現象世界に悪なく、罪なく、病なしと説いてストーンと行ったのです。
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